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2014年03月17日

34年前の今日~3月17日

1980年3月17日 19歳
2014年3月17日

沖縄へ旅立つ日が数えられるほどに迫ってくる。その日をわくわくしながら待っていたのは、ひょっとしたら家族の中で僕だけだったのではなかったか。

当時、前年に祖父が他界し、祖母は痴ほう症が入って6年目。父は出版社を独立させてやはり6年目ほど。母は眼科勤務を辞めていたと思う。

「金の心配はするな」が父の口癖だったが、本当のところは分からない。母は沖縄行きをあまり喜んでいなかったように思うが、父が認めたのだから仕方ないと思っていたのかもしれない。

後で母が「あなたはあんなにおばあちゃんを大事にしていたのに、おばあちゃんを置いて行くとは思わなかった」と言っていた。しかしその時の僕は祖母の面倒と自分の将来を天秤にかけて考えることすら思いつかなかった。前しか見ていなかった。

沖縄に行く第一の目的は、アジアの音楽を網羅する夢だった。当時傾倒していた音楽の一つがラヴィ・シャンカールで、シタールを弾きこなしてみたかった。

高校3年だったか浪人時代だったか、高島屋か三越でインド物産展があり、そこに掛かっていたシタールを初めて見て、母に強引にねだって買ってもらった。当時12万円。今考えても恐ろしい贅沢をさせてもらった。「出世払いね」の約束は、とうとう果たせなかった。

本屋に注文して買ったラヴィ・シャンカールの自伝には、簡潔にシタールの弾き方が載っていて、見よう見まねで弾いていたが、本だけでは合っているかどうかも分からない。

沖縄行きも近いある日、何かの用事で一人、たしか池袋西武に行ったとき、日本人のシタール奏者がイベントホールで演奏するというので向かった。

演奏していたのは若林忠宏。白い衣装を着て、ヒッピーみたいに髪を伸ばし、髭をはやし、ジョン・レノンみたいな丸い眼鏡をかけていた。

演奏会では、僕が当時持っていたレコードと同じラーガも弾いていたし、話も分かりやすく、この人なら相談できると思い、演奏会が終わってから声をかけた。

「実は僕、この4月から沖縄に行くのですが、その前に基本的なシタールの弾き方を覚えたい。1回だけ教えてくれませんか」

無理なお願いだということは十分わかっていた。インド音楽のいろはも知らない子供から、いきなりシタールを、たった1日で仕込める訳がない。しかし、若林忠宏さんはOKしてくれた。そして「ここにおいで」と一枚の名刺だったか、とにかく何かの店らしい紙をくれた。「羅宇屋 吉祥寺」とあった。

34年前の今日~3月17日

数日後、その紙を握りしめて国鉄吉祥寺駅を降り、知らない町を歩いた。一角の地下に「羅宇屋」があった。一見して何屋だか分からない。そこだけ異空間で、階段を降りていくと西アジアっぽい音楽が流れ、インド香の匂いがする。カレーみたいな匂いもする。しかもあちこちに手作りと思われる弦楽器がぶら下げてある。部屋の仕切りは壁ではなく天幕みたいに布がかかっている。もう自分の世界が天幕の向こうに待っているようだった。しかし何屋なんだここは。

夢の中から出てきたような女性が「いらっしゃいませ」と応対したような気がする。若林さんはいますか、と尋ねると、一つの天幕の中へ案内された。

そこには、絶えずニコニコした若林さんが座っていた。どうやらこの部屋はシタール教室らしい。

その部屋で僕は、構え方、手首の使い方、運指、手入れの仕方、やってはいけないことなど、3時間ぐらいかけて教わったような気がするが、実際はもっと短かったかもしれない。とにかくそこで教わったことが僕のシタールの全てとなった。あとはレコードの音を聴きながら模索していくしかない。

レッスン料は、たしか払ってないような気がする。沖縄に行って弦が切れたことに備えて、弦のセットを買い、そこでカレーも食べたような気がする。思い返すとオタクの世界だが、当時、周囲の誰も理解してくれない自分が、この店なら理解してくれる人がいると思ったことは確かだ。

その日から多分2週間かそこらで、僕は人の背丈ほどあるシタールのケースを抱え、飛行機に乗り込むことになるのだった。

その数年後、僕は2本目のシタールを手に入れることになるのだか、母に買ってもらったその最初のシタールは、学生時代から毎日のように通うようになる店に飾られ、30年が過ぎようとしている。

若林さんとのお付き合いは、長い長いブランクの末、facebookによってつい最近再開するのだが、34年後の彼は僕のことを忘れていた。当然である。




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Posted by URUMANINGEN at 00:00│Comments(0)34年前の今日
 
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